国境なき奉仕団はNGOとして、援助を必要としている人たちに人的・物質的貢献を行うと共に、人類愛による奉仕の精神を育成します。

事業報告

チームカンボジア活動報告(PDF形式)

2007年7月23日

以下のリンクよりご覧下さい。

チームカンボジア活動報告(PDF形式)

Filed under: 事業報告 3:27 PM

フィリピン-レイテ島地滑り現地調査報告

2006年6月12日

レイテ島地すべり現地調査報告書

日 時 2006年4月4日~4月6日
場 所 フィリピン共和国
レイテ島南レイテ州セントバーナード町ギンサウゴン(崩落現場)
セントバーナードクリストレイ高校(避難所)
セントバーナード町役場(行政機関)
参加者 中野秀一、田中孝和、渡部彰(国境なき奉仕支援委員会)
酒井一(BRA渉外担当理事)
作成者 渡部彰

【目 的】
思いやりの心を持った支援活動計画の策定における被災現場・避難地・被災者救援活動の実態と今後の復興の計画とBRAの活動計画との整合性を図るため被災国行政機関・国連・現地NGOの取組みについて調査する。

【実施プログラム】
①ギンサウゴン村の崩落現場の状況の確認
②マガタス村周辺(危険地区に指定され集団移転する地すべり周辺の村)の視察
③カットン村(集団移転の予定候補地のひとつ)の視察
④クリストレイ高校(ギンサウゴン村の生存者が避難している)の視察・交流
⑤UCCP教会の取組み(こころのケアーセンターになる教会建築を提案している)の確認
⑥行政機関・国連・現地NGOの取組みの視察
⑦全行程での安全性の確認
⑧BRAが支援を行う場合の拠点の検討

【行 程】

【現地地図】

【現地状況】

ギンサウゴン村(崩落現場視察)
南レイテ州セントバーナード町ギンサウゴン村(フィリピンでは村の事を集落「バランガイ」と呼ぶ)
フィリピン首都マニラより国内線でレイテ島タクロバンまで1時間10分。タクロバンから崩落現場のセントバーナード町まで車で6時間のルートと、マニラより国内線でセブ島まで1時間。セブ港よりレイテ島北部オルモックまで高速船スーパーキャットで2時間。オムロックよりセントバーナードまで車で4時間00分の2ルートが代表的なルートになる。
崩落現場のギンサウゴン村は現在も手付かずの状態で大量の土砂に埋もれている。その大量な土砂の間をぬうように小川が形成され、勢いよく流れている。

左:崩落現場全景 右:崩落現場全景拡大

左:崩落した土砂の間を小川が形成されている 右:小川の流れは速く現在も大量の水が流れている

左:正面奥の山のふもとに植林されているヤシの木 右:このあたりで地下に水が浸透されている

左:なぎ倒されたヤシの木 右:土砂が2kmに及び流出

左:災害前は農地だった箇所 右:溜まった水で分断された道(正面崩落箇所)

左:崩落現場の小学校跡地に立つ十字架 右:新たな生命・・・

ギンサウゴン村の崩落現場視察まとめ
□ 全長2kmに及ぶ範囲に土砂が流出し、その土砂の下に水脈が流れており地盤沈下の恐れあり
□ 崩落現場は今後プロジェクトにより慰霊碑が建立される予定だが財源等の確保は未定 □ 危険地域に指定された村は7村ありその内ギンサウゴンを含む3村の移転地が確保されている
□ 移転する場所(カットン村)に300棟のハウス(2世帯で1棟)が建設されるがインフラ整備は未定

クリストレイ高校(避難所)視察
クリストレイ高校にはギンサウゴン村から293世帯が避難し生活している。村の人口は崩落前には1800人以上もいたが、生存者は652名のみとなった。その中には両親とも亡くした子供は77人(18歳未満37人)で片親を亡くした子供は147人(18歳未満92人)にのぼる。そのうち48名はフィリピンNGOのHope World Wide(事務所はマニラ)がカトリック教会の支援を受け、隣のサンホアン村の海沿いのキャンプ場を利用して共同生活を送っている。現在クリストレイ高校(避難所)の運営はカトリック教会のシスターが行い必要な物資・医療品の供給はMDCC(国家災害調整委員会)・レッドクロス(赤十字)等のNGOが調整しているが、将来の里親や奨学金など重点課題は山積みしている。

左:クリストレイ高校正面 右:ここで1部屋15人前後で共同生活

左:レッドクロス(赤十字現地オフィス)  右:医療品等救援物資

左:支援物資(大量の衣料品?) 右:漠然とした不安を隠しきれない老人

左:この笑顔をいつも・・・!! 右:サッカーボールをうれしそうに持つ子供たち!!

左:後方に見えるテントはJICAから 右:マガタス村の子供たち

クリストレイ高校(避難所)視察まとめ
□ 医療品・食料品・衣料品は飽和状態にある
□ クリストレイ高校(避難所)は4月末までの運営で、その後移転地へ順次移動する
□ 被災者は現在移転後の生計について不安を抱えている。(家の貸与は決定しているが農地等の貸与は決定してないため)
□ 親を亡くした子供にたいしての心のケアーが必要とされている(出来れば専門のカウンセラー)
□ シスターに今現在何を求めるかと聞くと、色々なことに使えるお金がほしいとのこと

【総括】
□ 緊急支援の必要性は減少し、自立支援への移行段階にある
□ 現在多人数での共同生活をしており出来るだけ早く世帯別での生活をのぞんでいる
□ 被災者の生計をたてていくプロジェクトが急務である
□ 災害孤児の養子先の確保(引取りの先のない子供たち)
□ 災害孤児に対する奨学金制度確立の必要性がある
□ 人的支援・物的支援はギンサウゴン村に集中している状況で他村への支援があまりない
□ キリスト教徒が90%でカトリック教会・NCCPが支援している

【レイテ島地すべり支援の方向性】
□ 物的支援
◇ 慰霊碑建立における協力
◇ 移転地に心のケアー中心とするケアーハウスの建設
◇ 移転地におけるインフラ整備の協力
◇ ケアー専門医常駐に対する支援
◇ カトリック教会・NCCPの策定する支援プログラムへの協力
 
□ 人的支援
◇ 交流プログラム(スポーツ等)による災害孤児との交流
◇ ワークキャンプ方式による体験学習の導入
◇ 被災者の自立支援

※ 今後レイテにおける支援計画に対して義捐金募金活動も進めながら現地各種団体の復興プロジェクトとの整合性を保ちながら進めていく必要がある。又当初懸念されていた安全面について現在復興に様々な人が活動をしており、その活動をさまたげる行為等の話等は聞かない。

Filed under: 事業報告 3:23 PM

パキスタン地震現地調査報告書

2006年3月21日
日 時  2006年1月11日~1月15日 
場 所    パキスタン・イスラム共和国、イスラマバード(首都)、
ムザッファラバード(カシミール州都)
バラコット(北西辺境州、震源地付近)
参加者 中野秀一、山本慎吾、横川信之、田中孝和
(国境なき奉仕支援委員会) 
作成者   田中孝和

 【目 的】
昨年10月8日に発生したパキスタン地震に対して、NPO法人国境なき奉仕団がおこなう国際協力活動支援をおこなうにあたり、 被災地域の現状や復興状況、被災者の状態と生活環境、支援活動に関する安全性とその他の情報を得るため現地調査を遂行する。 


【行 程】

【現地地図】

【現地状況】 
ムザッファラバード視察
カシミール州の州都で、イスラマバードから車で4時間強の北東に位置する。道中ところどころにテント村が点在し、主にムザッファラバード近郊の山岳地帯から非難してきた人たちが居住している。市街では倒壊した建物は約20%で、現在は瓦礫も取り除かれてはいるが、被災者で家をなくした方はテント生活がほとんどである。

ジャパン・プラットフォーム視察
NGO、経済界、政府が対等なパートナーシップの下、三者一体となり、それぞれの特性・資源を生かし協力・連携して、難民発生時・自然災害時の緊急援助をより効率的かつ迅速におこなうためのシステムが、国際人道支援機関「ジャパン・プラットフォーム」である。しかしながら組織化されてはいるが、被災者への「キャンプのルール」の徹底がなされておらず、いわゆる「被災者なき支援」と感じられてしまう状況が多々あった。

ムザッファラバード視察まとめ
□食料、テント、防寒具など足りている
□3月末でほとんどのテント村は閉鎖される
□人々の不安の多くは家の再建にある
□ジャパン・プラットフォームの支援は機能的ではあるが、被災者末端までの支援はできていない。3月以降自立支援に関しては未定。(緊急支援活動が主体とのこと)


バラコット視察
バラコットは最も被害が大きい町のひとつで、建物の80%は倒壊した。現在も死者や負傷者の把握も明確ではなく、建物の下に残されている被災者も多い。

 

バラコット視察まとめ
□街道沿いの瓦礫は取り除かれていたが、その他はこれから
□山岳部へのジープ道(生活道)が未補修
□物資等は十分足りている
□家屋再生に政府より25000PRs(62500円)程度支給
□ここから奥地へ100km以上このような集落が点在
(ヘリでないといけないところもある)

イスラマバードテント村視察

イスラマバード市内には、カシミール州や北西辺境州などから多くの被災者が一次避難している。どこのキャンプも物資などはいきわたり、診療所や学校などの仮施設がある。衛生状態もよく、ほとんどのキャンプで食事は炊き出しとなっている。それゆえ居心地のよさに、地元に帰りたくないという被災者も多い。

日パ・ウエルフェアアソシエーション(NWA)テント村とこどもたち
今回現地コーディネートをお願いした、NWAが運営するテント村においては、入所時に契約書を交わす。他のキャンプとの大きな違いは、被災者がキャンプ内で何らかの役割を持ち、外部で仕事を見つけて自立に備えるという体制をとる。被災者の生き生きとした顔は、他のどのキャンプにもないものであった。

イスラマバードテント村視察
□食料物資は十分足りている
□ずれも3月末でテント村閉鎖
□被災者はイスラマバードに残りたい意向多い
□震災孤児の支援が不明確
□NWAテント村では、自立支援も同時に進めている
□被災者一時金のほか自立支援に対して政府より175000PRs(約43750円)支給

総括
□緊急支援の必要性は減少し、自立支援への移行段階にある
□ほとんどのテント村は3月末で閉鎖される
□NGOの自立支援に向けた取組みは少ない
□山岳部への支援は遅れる傾向で、都市部よりも生活・医療支援は長期化する模様
□イスラム教や地域の風習に考慮した支援をおこなう必要性がある(特に女性に関して)□震災孤児への支援があまり見られない

パキスタン地震支援の方向性
たとえば・・・
□山岳集落の巡回医療支援
□震災孤児へ施設や就学、自立に対する支援
□震災未亡人の自立支援などが考えられる

今後・・・
パキスタン地震支援に対して義援金募金活動も進めながら、現地NGOとも連携し、事業の方針と計画を立案する

Filed under: 事業報告 2:42 PM
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